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私のおススメする博物館



「伊東豊雄建築ミュージアム(Toyo Ito Museum of Architecture)」

江藤 信一

 愛媛県今治市にあります「伊東豊雄建築ミュージアム」を紹介します。 伊東豊雄建築ミュージアムは、2011年に瀬戸内海の大三島に建てられたミュージアムです。外観を見てもわかるように大変個性的な形の建物で、内部もその形を反映した作りになっています。伊東豊雄建築ミュージアムでは2014年から「日本一美しい島・大三島をつくろうプロジェクト」を立ち上げ、その活動報告の場として、活用されています。私が訪れたときには2016年度の活動内容として、「島のガイドブックをつくる」、「大三島をブランディングする」、「『神社と港、人々をつなぐ、楽しい場所』をつくる」などの各プロジェクトの報告と大三島の魅力を発信していました。このミュージアムが大三島地域の文化的側面の中心としてなっており、他とは異なるが魅力的な場所になっていました。




福山大学マリンバイオセンター水族館

清水麻記

 国際博物館の日新聞も今号で10周年目です。
 10年の間に日本で、また世界で様々なことがあったと思います。時が経つにつれ、自分のできることにも限界を感じ、同じようにミュージアムができることも10年前に私が思っていたほどにはないのではないかと思うようになりました。そんな折に、このNPO法人ミュージアム研究会の初代理事長を快く引き受けてくださった高田浩二さんが現在勤務される福山大学マリンバイオセンター水族館を訪れる機会がありました。福山大学マリンバイオセンター水族館は、大学付属の研究施設ですが、一般の家族向けにも無料で水族館を開放しています。愛媛県には水族館がないので、瀬戸大橋を少し渡れば無料で行ける水族館があることは家族連れには大変ありがたいです。また、取り組みにおいても、地域の発達障がいの子どもたちが通う施設と連携し、水族館側が特別なプログラムを開発し実施しています。「博物館は全人教育をめざすべきだ」という明確なビジョンを示し、これまでなかなか取り込めなかった来館者層を取り込んでいくマリンバイオセンター水族館の取り組みは、小さいながらも、ミュージアムの今後のあるべき姿を見せてくれているように思えました。
 「博物館に関わる人は、よりよい未来を考え、今行っていることが先にどのような影響を与えるのか、より改善していくためにはどういうことが必要なのかを考え、行動できる人でなければならない」ジョージ・ワシントン大学博物館教育学科のCarol Stapp先生が言ってくれていた言葉にも重なります。このような時代だからこそ、ミュージアムの大きな役割は、「世界から置いてゆかれる人々がないようにすべてを明るく照らすこと」ではないかと改めて思います。私も、日々の忙しさに負けて博物館に置いていかれがちですが、博物館に「置いていかないでくれ」と言える距離感はぜひ持っておきたいと反省しています。



大洲市立肱川風の博物館・歌麿館

住田 勉

歌麿館

 世界の美術関係者に大きなインパクトを与えた日本の代表的な浮世絵師である喜多川歌麿の作品は、世界各地の美術館に所蔵されており見ることができます。しかし、印刷の原板である歌麿の版木は再利用されたり、破棄や経年劣化により世界で4枚しか確認されていないそうです。なぜ、江戸から遠く離れた奧伊予の現大洲市(旧肱川町)で発見されたのかは今もって謎だそうですが、この世紀の発見によりこの地に歌麿館が開館されました。ここでは、版木を元に復刻された「狐釣の図」が展示され、浮世絵や制作の工程についても学ぶことができます。また、展示室入口では歌麿を売り出した「蔦屋耕書堂」が復元され、浮世絵の歴史や発達段階をパネルで紹介しています。貴重な歌麿のオリジナル版木と浮世絵の世界を堪能して、心に風を求めて、山深い肱川を眼下に絶景を眺めにきていただきたい思います。



呼子鯨組 鯨組主中尾家屋敷

一般社団法人海の子 理事 西浦 慎介

 鯨にお墓があるのを皆さんはご存じでしょうか。クジラを食べる機会が少なくなった現在にとって、クジラはあまり身近な存在ではなくなってきていると思います。かつて、日本人は、鯨に戒名をつけ、過去帳に記載し、お墓を立てて、法要もおこなってきた地域がたくさんありました。わたしは、それらの行いを「鯨文化」と呼ぶことにしています。

鯨の墓
鯨の墓
 今回の寄稿では、鯨文化の調査のため訪れた佐賀県唐津市呼子にある「鯨組主中尾家屋敷」と、そこで活躍する文化連盟の「呼子鯨組」についてお話ししたいと思います。 鯨組主中尾家屋敷は、捕鯨を生業とする会社組織の頭首として巨万の富を築いた中尾家の屋敷を中心に、鯨組の経営のための施設、鯨組の船や銛などの道具を整備する作事場で構成されていました。唐津市の重要文化財、佐賀県遺産、景観重要建造物にも指定されているとても大きな町家建築物です。
中尾家屋敷 改修前
中尾家屋敷 改修前

中尾家屋敷 改修後
中尾家屋敷 改修後

 呼子は佐賀県の北西部に位置している人口2000人ぐらいの漁村で、かつて捕鯨が盛んで、問屋、商店などが多く、現在に全国でも有名な「呼子の朝市」「呼子のイカ」として受け継がれ、一度は行ってみたいとてもすばらしい地域として知られています。そこに、この地域で育まれた鯨文化を継承していこうと呼子鯨組という文化連盟が結成され、捕鯨や呼子に関する資料の基礎研究、ボランティアガイド、伝統芸能の公演や講習、講演会(鯨セミナー)、紙芝居の共同制作などを約20年間にわたり継続して活動されています。鯨組主中尾家屋敷に訪れた際には、必ずその方々とお会いすることでしょう、そしてとても丁寧に鯨文化について教えてくれることと思います。

呼子の朝市
呼子の朝市

呼子のイカ
呼子のイカ

呼子の鯨
呼子の鯨

紙芝居
紙芝居

 呼子鯨組が普及しようとしている鯨文化の定義の根幹部分でもある鯨に対する精神性や信仰性は、自然物への崇拝や畏敬の念であり、現代のわたしたち日本人にとっても十分に理解できるものです。また、呼子鯨組が伝え守ろうとしている鯨文化とは、従来の捕鯨文化という狭義での捕鯨に関する文化ではなく、鯨墓を建てるという行為や捕鯨に関わる文化を継承し、後世に伝えていこうとする精神性・文化性を大事にした、「自然との共生」や「持続可能な経済社会の実現」という大きな枠組みの中にあると思います。
 鯨文化が普及することで、クジラを食べたことがあるおじいちゃんの世代では、鯨の記憶が呼び覚まされ、クジラを食べたことのない孫の世代では、地域に根ざした文化に愛着をもち、環境教育や食育につなげることができると思います。
ぜひ、おいしいものを求めて旅がしたくなった際には、鯨組主中尾家屋敷を訪れ、呼子鯨組の話を聞き、朝市で新鮮な鯨肉を買い、おいしい呼子のイカ料理を食べてみてはいかがでしょうか。

鯨組主中尾家屋敷
住所 〒847-0303 佐賀県唐津市呼子町呼子3750-3
開館時間:9:00~17:00
休館日:毎週水曜日
入館料:大人¥200(15歳以上) 小人¥100
電話 0955-82-0309



秋月氏とキリシタン文化

朝倉市秋月博物館準備室

 朝倉市秋月博物館は2017年10月21日にグランドオープンいたします。 常設展示室1は、「朝倉の歴史と文化」、常設展示室2は、「美術館」です。
 今回は、1「朝倉の歴史と文化」のなかの「秋月氏とキリシタン文化」について 報告いたします。
 1549年にフランシスコ・ザビエルによってはじめて日本に伝えられたキリスト教は、九州を中心に全国にひろまった。朝倉地域でも1570年には修道士ルイス・デ・アルメイダが秋月で 第16代秋月種実に会い、約10日間滞在して24名が受洗した。その際アルメイダは布教許可のお礼に、 秋月氏にお土産を手渡ししているが、プレゼントが何か不明である。 その後にも再び秋月城下において10日間で秋月氏家臣を含む30人がキリシタンとなった。 その内の1人の家臣は十字架を描いた旗を1つに宿舎の上に掲げていた。
 秋月氏の領内(15~20村)には、1581年に700人余のキリシタンが、翌年には860人に増加していた。その頃「イエズス会日本年報」には、「殿(秋月種実)は聖堂を城の下に築くことを望み、親戚の1人が所有する甚だよき地所を与え、また執政の1人は必要な材木を与え」たとあり、城下に聖堂が建立されたと思われるが、 それがどこなのかは史料的に明らかではない。しかし、今後発掘が進み考古学的研究が進展すれば解明されるであろう。

罪標付十字架浮文軒丸瓦(秋月城跡出土)
罪標付十字架浮文軒丸瓦(秋月城跡出土)